大判例

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東京高等裁判所 平成11年(う)1151号 判決

被告人 陳江、游江、依江こと游精江

〔抄 録〕

所論は、要するに、原判示第二の殺人の事実について、被告人に殺意はあったものの、その殺意は未必の故意に止まるとし、確定的故意を認めた原判決は事実を誤認したものであり、確定的故意でないならば、量刑は、より軽くならなければならないから、量刑も不当である、というものである。

そこで、検討すると、本件は、原判示第一のとおり、被告人らが、営利の目的で、兇器を持って被害者らの居室に押し入り中国人密入国者を略取しようとした際、同第二のとおり、密入国者らを監視していた被害者らに激しく抵抗されたため、被告人が所携の青龍刀様の刀で被害者を突き刺して死亡させたものである。

関係証拠によれば、その際、被害者は、付近にあった縦長のテーブルを縦向きに水平に持って被告人ら侵入者を押し出そうとして激しく抵抗し、これに対し、先頭位置に立たされ、後方から前進を促されていた被告人は、仲間の一人と共に、刀でテーブルを叩くなどして威嚇しながら、押し返すなどし、喧噪と興奮状態の中で、被害者とテーブルを挟んで押し合っていたこと、そのうち、テーブルがせり上がり、被害者の腹部が見えた際、被告人が所携の刀を被害者の腹部付近に向けて一回突き出し、その刀は、被害者の前胸部左下肋部で胸骨剣状突起左下方八センチメートル付近に突き刺さったこと、右刺突行為により、右刀は、肝、肺等を経て心臓に達し、これらを損傷し、心臓損傷が致命傷となったこと、被害者の外表から右心臓損傷部までの右刺切創の創洞の長さは約二二センチメートルであること、被告人の使用した刀は、刃体の長さ約四五・五センチメートル、全長約六〇・九センチメートルの鋭利なものであること、が明らかに認められる。

原判決はこれと同旨の事実を認定しているところ、このような本件凶器の性状、刺突状況、刺突の部位、態様、創傷の程度、犯行時の対峙状況等が被告人の殺意を強く推認させる状況であることも、原判決が指摘するとおりである。

しかるところ、被告人は捜査段階では殺意を認める供述をしながら、原審においては、被害者を殺すつもりはなかった、被害者の腹部は見えず、腹部だと分かっていたら刺さなかったなどと供述して殺意を否認し、当審においても、同趣旨の供述をしている。殺意を否認するこれら公判供述が信用しがたいことは原判決が説示するとおりであるが、右公判供述でも、混乱してかっとなり、何も分からなくなって刺したことを供述しているのであり、要するに、後で冷静になって考えてみれば、明確に殺すつもりでやったわけではないのに、故意に殺したとされるのが心外である、ということを強く訴えているに過ぎないと理解できるのであって、いわんとすることは捜査段階の供述とそう大差があるとは思われない。

ところで、先に指摘した諸点に加え、被告人は、当時、緊迫、興奮状態にあったこと、そのような中で被害者の抵抗を排除するために本件行為に及んでいるところ、被告人は、使用する刀の性状についてはよく分かっていたはずであること、テーブル下から被害者の方に刀を突き出していることからみて、その目的は被害者に損傷を与えること以外にはなく、また、その際の対峙、攻撃状況からみて、その攻撃部位は被害者の腹部等体幹部となることは容易に理解しうること、右攻撃に当たっては、素早く、夢中で、刀を突き出しており、そこには被害者を刺傷させる部位を配慮したり、程度を加減する余裕はなく、また、そのような形跡もないことが認められる。

そして、先の如き状況に、このような点を総合考慮すれば、被告人が、本件行為により、少なくとも、被害者が死亡することもありうることを認識し、かつ、それもやむをえないこととして認容する意思、すなわち、未必の故意を有していたことを優に認めることができる。

原判決は、前記の殺意を強く推認させる諸状況に加え、被告人が、捜査段階において、相手の抵抗がこれほど激しいものとは思っていなかったので、戸惑うとともに、自分の方が危ないと思った、自分がやられる前に相手をやるしかないと思っていたところ、相手の腹が見えたことから、この攻撃のチャンスを逃すまいと瞬間に判断した、相手は死ぬかもしれないということは分かったが、ともかくかっとなり、夢中で結果がどうなるかは考えず腹を刺すことにした、腰の辺りに順手で持っていた刀をまっすぐに前に伸ばすようにして腹の辺りを刺した、力加減については、夢中で分からないが、必死で刀を前に出した旨殺意を認める供述をしていることをとらえ、右供述は信用できるとして、被告人の殺意は確定的なものであった旨認定している。

確かに、右供述は、前認定の諸事実とも符合し、基本的信用性に欠けるところはないものと判断される。

しかしながら、被告人は、本件当夜、本件共犯者の一人に呼び出されて急きょ犯行に加わったに過ぎず、被害者らとは利害関係もないこと、被告人らの目的は密入国者を奪うことであり、被害者らに対しては、その抵抗を排除することはあっても、殺害することは予定されておらず、本件は予想外の激しい抵抗にあって、被告人が突出した行動に出たものであること、被告人は、右捜査段階の供述において、自分がやられるのではないかと思ったとはいうものの、被害者らの反撃は皿を投げたり、テーブルを持って押し出そうとしたものに過ぎず、被告人らの生命に危険を感ずるようなものではないことからみて、右供述を言葉どおりに受け取ることはできず、動機とするには疑問があること、このような状況からみて、被告人が興奮状態から激情にかられていたとしても、確定的殺意を抱いたとするには、動機において唐突の感を否めない。しかも、被害者にも動きがある上、本件犯行は、約一〇〇(縦の長さ)×約五三(横幅)センチメートルの木製テーブルが持ち上がった隙に、縦向きに押し合っている同テーブルを挟んで約一メートル以上先の被害者に向けて、咄嗟になされたもので、刺突行為も一回に止まること、その際の被告人の位置した場所も、玄関を上がって直ぐの便所及び台所横付近の手狭な場所であり、行動に制約を受けうることなどからみて、被害者を殺害するには不確実性を伴う状況もある。なお、その後、被告人は被害者の腹部から腸が露出しているのをみて恐くなり逃げ出している。

そうしてみると、前記被告人の捜査段階の供述を踏まえて原判決が被告人が興奮状態から被害者を殺害する確定的な故意を有していたと認定したことも首肯しえないではないが、他方において、右のとおり動機としては唐突の感を否めないし、刺突に際しても、テーブルが邪魔になるなど殺害には不確実性が伴うとみる余地があることなどを考慮すると、殺意が確定的であると断定するには、なお疑問を残すものといわざるをえない。したがって、その限度では、原判決の認定は是認できない。

しかしながら、本件では殺意が認められることに変わりはないのであるから、未必の故意を確定的な故意と認定したことが量刑に影響するか否かは、結局は、その故意の生成過程に犯情を左右するほどの差異があるか否かによるべきものであり、所論のように当然に量刑が軽くならなければならないものではない。しかるところ、本件では、右に説示したとおり、殺意が未必的であったか確定的であったかは、興奮状態の中で咄嗟になされた刺突行為の際の心理状況の法的評価のわずかな違いに過ぎないというべきであるから、そのいずれかによって、犯情が大きく左右される場合に当たるとは認められない。そうしてみると、右評価の差違は原判決の量刑に影響を及ぼすものとは認められない。結局、事実誤認の論旨は理由がなく、したがって、これを前提とする量刑不当の論旨も理由がない。

(荒木友雄 田中亮一 林正彦)

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